大島莉紗 〜パリ国立オペラ座からの便り〜

パリ国立オペラ座管弦楽団のヴァイオリン奏者によるブログ。

トスカでの事故

トスカの3幕の冒頭に、男の子の歌のソロがあります。毎回トスカをやる時には、二人の男の子が交代でソロを担当します。

声変わりする前のまだか細い声で、大きなバスティーユの舞台でたった一人で2分程の大事なソロ。毎回大丈夫かなとハラハラするのですが、こちらの心配もよそに小さな声ながらも間違えもせずに無事に終えるのが常でした。

 

ところが3回目くらいの公演の際、男の子の歌う場所になって指揮者が合図しても全く声が聞こえてこない。聞こえないのではなく、明らかに歌っていない…入りを間違えたりわからなくなってしまったのかなとも思いましたが、その後もいくら指揮者が合図しても歌えなくなってしまいました。ちょうど私達は静かに音を伸ばしているだけの場所なので、こちらとしても何を助ける事もできません。デュダメルもさすがに顔色が変わり、必死になって取り繕おうとしていましたが、事態は変わらず…オケの中の誰かが思いあまって男の子のメロディーを小さな音で弾き始めましたが、それも失礼なので途中で終わり…

 

オケも男の子の歌を当てにしてカウントする様な所もあり、一瞬全てが沈黙になる瞬間がありました…オペラ座に入ってから何十回も弾いたトスカで初めて起こった事故です。

私達にとっても衝撃的でしたが、終演後のカーテンコールで普通は挨拶する筈の男の子が出てきませんでした。あんなに小さな子が負ってしまうであろう責任の重さには、想像を絶する物があります。

オケの中でも男の子の今後を心配する声が多数ありました。もうクビになってしまうのだろうか…そうなると彼の今後の人生で大きな心の傷になってしまうのではないか…

 

みんなが心配した次の公演は例の男の子ではなく、もう一人の男の子。こちらは問題なく小さな声ながらもしっかり歌えました。

もうこの子一本でいってしまうのかな?と思った、その次の公演。例の男の子が復活しました。

完璧な入りで、しかも客席の一番後ろまで通るであろうしっかりとした声で音楽的に歌いきりました。それには私達も感動し、カーテンコールでは私達からの熱狂的な拍手を受けていました。

 

そう、その事故が起きてしまった男の子は、今まで経験した子供の歌手の中でも飛び抜けて優秀で、その歌声に練習の時から感心していました。とても音楽的なので、きっと普通の人よりも多感であろう、だからこそ起きてしまった事故なのだと思います。でも数日で見事に復活させたこの経験は、今後の彼の人生においても貴重な経験になった事と思います。