大島莉紗 〜パリ国立オペラ座からの便り〜

パリ国立オペラ座管弦楽団のヴァイオリン奏者によるブログ。

最近の様子

あっという間に12月に入ってしまいました。

 

今年はこの2年間ストライキとコロナでほぼ全公演が潰れた分を取り戻す為か、異常に公演数が多く、クリスマス、お正月は全くないというスケジュールになっています。私は幸い、一つのバレエを降りているので、かなり暇な12月ですが、みんなは大変です。

 

2週間程前、オペラ座のもう一つのオーケストラ(2つのオーケストラがあります)がトゥールーズバルセロナへツアーに出かけたのですが、トゥールーズ公演直前に陽性者が出た事がわかり、その公演は急遽エキストラを動員、しかし濃厚接触者も多かったのでその後バルセロナへは行けずに、パリに戻ってくると言う事件がありました。

その事からも今後オーケストラ内でクラスターが発生したら12月のバレエを全てキャンセルせざるを得ない、しかし金銭的に苦しいのでなんとかそれは避けなければと言う事で、いざという時の為に音楽の収録も済ませ準備はバッチリです。

 

さて、ヨーロッパはワクチン問題で本当に揺れています。一番酷い状況なのが、ワクチン義務化となったオーストリアですが、フランスも先日からかなり厳しい対策が取られています。

ワクチンを3回打たないと完全接種とはみなされず、発行されていた接種済みQRコードが取り上げられる事になりました。そして未接種者は72時間有効だった陰性証明が短縮され、24時間以内への変更となりました。

その為未接種者は毎日テストを受けなければなりません。しかもフランスではすぐにわかる抗原検査は鼻腔のみで、唾液検査はPCR検査になってしまう為に結果が出るまで24時間近くかかってしまいます。なので唾液検査は使えません。

 

未接種者はテストが有料なので毎日自費というのは難しく、実質的な義務化という事です。幸いオペラ座は理解が深く、ワクチン接種者でも合唱と管楽器奏者は週2回のテストを求めているので、仕事にかかわる検査費用は全て請負ってくれます。 

オーストリアではオーケストラを解雇される事件まで起こっている中、この様な寛大な態度を取ってもらえるとホッとすると共に感謝の思いでいっぱいです。

キツかった10月

週6日勤務で毎週末仕事という、地獄の様な10月がやっと終わり、少し余裕が出てきました。

 

プログラム的にも3時間半かかるバレエの「赤と黒」と2時間半休憩なしのワーグナーの「さすらいのオランダ人」が毎日交互にある間に、リゴレットの練習、というかなりキツイものでした。

 

赤と黒では何も考えず、無の境地にいかにしてなれるかという修行の場。ワーグナーは弾きっぱなしなので、いかに体力とメンタルを最後まで保つかという事が重要です。

薄暗い中で、沢山の音と臨時記号だらけの細かい楽譜を見るのは本当に至難の技で、途中で急な視界がボヤけたり、楽譜が二重に見えたりとする事が多々ありました。

老眼になったか、急激に視力が低下したかと思っていましたが、私の周りでもその様な症状が続出。みんな疲れていたのかもしれません。先日眼科に行った所、何の異常も見当たりませんでした.

 

ワーグナーは全曲で51ページある楽譜を2時間半かけて弾きますが、魔の35ページというのがありました。速いパッセージや難しい場所というのは、集中してアドレナリンも出て疲れていても何とか弾ける物ですが、逆に音が極端に少なく伸ばしているだけとか、トレモロで静かに刻んでいるだけというのが精神的にも肉体的にも一番キツいです。それが35ページ目。大分弾いてきて、残り40分という所でこの1ページまるごとトレモロという、大ダメージを与えられる時間です。

そこでこの35ページに入る前に8章節の休みがある瞬間に、一斉にみんなが飴を口にする様になりました。最初は1人が持ち込んだ飴をみんなで分け合っていましたが、そのうち数多くの人が多くの種類の飴を持ち込む様になり…

 

その中でも人気はやはり特別甘いキャラメル味の飴。フルーツ味程度ではこの疲労感に対抗できず、より強い甘味を皆求めており、皆がその飴を買う様になりました。

 

たった一粒の飴のおかげで残りの40分なんとか毎回弾き切る事ができました。

赤と黒

今シーズンの目玉の一つである、バレエの「赤と黒」。スタンダールの小説にラコットが振り付けをした初演作になります。

音楽はマスネーの色々な曲をツギハギして編曲したもの。楽譜を見た瞬間から嫌な予感はしていましたが…

 

とにかく目一杯にお金を使ったであろうこの作品。映像も含め16の場面転換、400着の衣裳そして100人のダンサーとオーケストラで壮大な物となっています。89歳のラコットが自身の集大成を押し込めたのはよくわかりますが、もう少し工夫してコンパクトにできなかったかな?というのが正直な所です。

 

公演の回を追う毎に良くなっては来ていますが、とにかく場面転換に時間がかかり、その都度音楽も止まり会場一体が白けてしまっています。全3幕中、音楽が止まる事、実に8回。最も酷いのが、最後の場面。音楽も舞台も盛り上がって終わるかと思いや、またしてもしばらく待った後に2分位弾いて全て終わり。なんとも変な終わり方です。

 

舞台に関してはほとんど見えないので言いようがありませんが、とにかく古臭い印象です。衣裳も舞台も典型的なネオクラシックで、今の時代に新作としてこの様な古臭い物を出す意味がよくわからない…

ラコットの作品はジゼルやシルフィードなど、どれも似たような古典作品が多く、私の好みではありません。ここまでお金を使うならもう少し洗練された物を作って欲しかったです。(個人的趣向ではありますが…)

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ガラコンサートとデフィレ

一昨日はガラコンサート、そして今日はバレエのシーズン初めであるデフィレが行われました。

 

ガラコンサートは多くのソリストと合唱が勢揃いし、テレビの生中継もあるとても華やかな物でした。

休憩中にアンコールとして、「ラ・マルセイエーズ」フランス国歌を演奏する事が発表されました。マクロン大統領が臨席されたからだそうです。

舞台上からは残念ながら姿を確認できませんでしたが…

 

カーテンコールの最後にオーケストラ全員が起立して国歌の演奏。私達は毎年7月14日の革命記念日に弾いていますが、デュダメルにとっては人生初だった筈。ぶっつけ本番で一番緊張していたかもしれません。

 

それにしても、日本人でありながら君が代を一度も演奏した事はなく、マルセイエーズばかり弾くというのも何か皮肉な物です。もう少し日本でも君が代を演奏する機会が増えればと思うのですが…

 

 

そして今日のデフィレ。こちらもデュダメルの指揮でした。

ベルリオーズのオペラ「トロイ人」のマーチに合わせ、バレリーナが優雅に行進するのですが、毎年バレエ専門の指揮者が振っていたので、舞台に合わせる事ばかりに追われ、音楽は二の次でした。

しかしデュダメルは舞台を見る事もなく音楽に集中し、初めてこの曲が美しいと思えました。

 

女性から始まり、最後は男性の一番古いエトワールで終了するのですが、その尺を合わせる為に最後は一定のメロディーを何度も繰り返します。隣の席の同僚が数えていた所、リハーサルでは13回、本番は少し延びて15回演奏していたそうです。(私は舞台を垣間見るため数えてはおらず)

その15回の間も抑揚をつけて、時には抑えて小さな音で弾かせたり、盛り上げたり。終わるタイミングは大丈夫なのか心配しましたが、そこもバッチリと決まり。

 

今までで一番気持ちが良く楽しいデフィレでした。そして、最後舞台に出てバレリーナに囲まれたデュダメルも嬉しそうでした。

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デュダメルのリハーサル

明日は、デュダメル就任後初となるガラコンサート。

先日から練習が始まりましたが、彼と音楽を作る事ができる喜びをひしひしと感じています。

あれだけの有名人ですが、とにかく気さくでチャーミング。音楽好きの少年がそのまま大人になった様な感じで、目をキラキラさせてyoutube で見たバーンスタインこう言っていた、クライスラーはこういうポルタメントを使うなど嬉しそうに話してくれます。

 

ヨーロッパ人ではないし、アメリカのオケの音楽監督をしているので、大音量で派手なイメージがありますが、見事なまでに想像の逆をいきました。とにかく現実的な叩きつける音を嫌い、丸みと響きを含み、かつ芯のある音を求めます。今までは鳴らしたい放題だったブラスの音もきちんと調整して、バランスの良い響きを作ってくれるので、弾いていても心地よく、何よりも呼吸ができるようになりました。

 

また人柄も本当にチャーミングで、曲の最後のリズムがトリッキーで難しい箇所では、「とにかく何が起こっても僕を信じてついてきてください。僕がわからなくなって君達に合わせるかもしれないし、できないかもしれない。でも一番大切な事は終わった時にハッピーでいる事です。どんな事が起こってもこの曲が終わったら皆で笑顔でいましょう。きっとそれだけでお客さんは上手くいったのだと思ってくれる筈です」と。

 

練習の進め方にも無駄がありません。今までは意味のない何をやりたいのかよくわからない時間を永遠と潰していましたが、自分の求める物を明確に要領良く示してくれるので、悪いエネルギーを使う事がなく、疲れ方が違います。

 

10年我慢して、ようやく自由になれたと言うのが正直な感想です…

写真撮影

昨日は新しい音楽監督が就任した為に、オーケストラの集合写真を刷新すべく、撮影がありました。

 

前任のジョルダンの時には就任中に2回の撮影があり、いずれもバスティーユでした。若々しく斬新なイメージにする為に、1回目の時はホールの座席に皆がバラバラに座り、燕尾服の上着を脱ぎ白いシャツ姿となり、全員がそれぞれ明後日の方向を向くと言う物でした。結果的にジョルダンですらどこにいるのか探すのが難しく、バラバラでよくわからない写真となり、使われる事があまりありませんでした…

2回目はバスティーユの外階段で。こちらは急勾配で幅の狭い階段なのに、本番服で楽器を持たなければならず…ただでさえ楽器を外気に触れさせるのは嫌なのに、人数も多く危険な階段をハイヒールで。その状況がとんでもなく怖くて嫌で、とにかく後ろの方であまり人に触れないように気をつけていました。

 

どちらも2パターン位しか撮影していないのに、並んでポーズを決めるだけで物凄く時間がかかり、3時間近くかかりました。

 

今回も3時間の撮影が予定され、考えるだけでも気が重くなっていたのでした。

そして今回はガルニエでの撮影。以前は今更この古いガルニエでの古臭い写真は流行らないと言われ避けられていましたが、まさにガルニエ内の正面階段と外での撮影が予定されていました。

生憎昨日は雨だった為に、外での撮影は中止。中の階段のみとなりました。

 

時間になってダラダラと正装で集まり始めた団員達。上から階段に出る者と下から出る者とがそれぞれ適当に階段で合流し、何の規則や順番もなくバラバラに固まり撮影準備が始まりました。これだけの大人数で広い所なのに、マイクもなしに指示を出すので、当然何も聞こえず…

かなりの時間をかけ、ようやく形になった所にデュダメルが登場。

全員からの大喝采を受けました。就任が決定してから、オンラインでの挨拶はあったものの、実際に顔を合わせたのは昨日が初めてになります。心からの喜びを皆が表現していたように思います。

 

そこからは本当にあっという間で、撮ったのかもよくわからないままに、終わりですの言葉。30分で終わりました。

 

思いがけずに早く終わり、ラッキーな日となりました。

 

今回の写真撮影でも感じましたが、デュダメルは革新的に見えるけれど、意外とオーソリティーで伝統的な物が好みかもしれません。

来週行う就任ガラコンサートもガルニエですし、バレエのシーズン初日に行うデフィレにも登場します。ジョルダンの時にはあり得なかった事で、これだけでも両者のタイプの違いが顕著に現れているような気がします。f:id:MariaCecilia:20210916203131j:imagef:id:MariaCecilia:20210916203138j:image

ワクチンパスポート

長い夏休みも終わり、9月から仕事が始まりました。

7月半ばににマクロン大統領が文化施設に働き人と接する仕事をする者に対し、ワクチンパスポートの義務化を決めたので、夏休み中もその対応について色々な疑念や声が上がっていました。

 

ワクチンパスポートの義務化に伴い、今まで無料で行っていた抗原検査やPCR検査も有料になり、オペラ座も組織的に週一度クリニックと提携して行っていた検査を全て廃止する事を宣言しました。

 

現在のフランスはレストラン、文化施設、映画館、デパートなどワクチンパスポートを提示しなければ入る事ができません。

ワクチンを2回済んだ人はQRコードを配布され、それを携帯にダウンロードをし入口で提示します。ワクチンを打っていない人、または打てない人は72時間以内に行われた検査での陰性証明の提示を代わりに求められます。

 

たまにレストランや映画に行く位なら行く前に検査すれば良いですが、仕事で毎日ワクチンパスポートが必要となると、週に最低2回は検査をしなければならず、しかも今後は全て自費となるのでかなりの出費となります。

 

最初はこれを提示しない場合は解雇もあり得るという事でしたが、さすがにそれはなくなり、解雇はされないがサラリーは支払われないという状態です。

 

体質的にワクチンを受けられない人もおり、それを一括りに義務化しても良いものか?人権にもかかわります。しかし産業医を含め、トップは面倒な事は避けたいので全員のワクチン義務化を推奨。組合と大きく揉めています。