大島莉紗 〜パリ国立オペラ座からの便り〜

パリ国立オペラ座管弦楽団のヴァイオリン奏者によるブログ。

備忘録:スペイン編

ヨーロッパに住み始めてから20年以上になるが、様々な失敗やアクシデントがあった。かなり特殊な経験もしたので、少しずつ書きためていきたいと思う。通常のパリブログは「お便り」ということを意識して書いているが、こちらは備忘録のようなものなので、このような文体と区別した。

 

当時ロイヤルカレッジの学生であった私は、休みの度に師事するアンドリエフスキー先生の各地で行われていた講習会について回っていた。

スペインの北部ヒホンで行われた講習会は、先生の知人が運営する本当に小さな規模のものだった。ヒホンと言われてもどこだかさっぱりわからないような小さな街。先生ご夫妻とお弟子さん数名で移動することが多かったのだが、その時私は日程が合わず、一人だけ別ルートで遅れて参加することになった。

オヴィエドというヒホンの近くの町には空港があるが、本数が少なく、私の日程で飛んでいる便はなかった為に、マドリッドから電車で6時間かけてヒホンまで行く事になった。

 

オーガナイズがそもそもいい加減な講習会で、泊まる所も講習会の会場も事前には何も知らされておらず、わかっていたのは主催者のおじさんの連絡先のみ。とりあえず私の電車の到着時間を知らせると、迎えに来て宿泊先まで送ってくれると言われた。

 

しかし、マドリッドから電車に乗っていると、途中で突然電力が落ち電車が止まった。後から聞いた話では、当時スペインの電車はその様なことがよく起こるので、長距離の移動は電車よりバスの方が確実で早いというのが常識だったそうだ。

当初の予定でもかなり夜遅く着くので心配だったのだが、結局2時間以上も止まり、その後も少し動いては止まりを繰り返しながら、やっとヒホンに着いていた時には夜中の1時を過ぎていた。

 

もちろん迎えなどどこにも見えないし、少しだけ乗っていた乗客は地元民らしく、すぐに散ってしまった。小さな駅のお店はどこも空いておらず、本当に一人取り残されてしまった。行き先もわからない。

駅にいた警察官も最終便がついたので、帰る準備を始めていた。この人達を逃しては本当に露頭に迷うと急いで駆け込み事情を説明し始めたが、相手は全く英語を理解してくれない。数字すらよく通じない感じで、私も全くスペイン語はわからない。

 

身振り手振りと、講習会の主催者の連絡先などを見せて、なんとなく状況を理解してもらった。二人いた警察官の一人は多分家族がいるから帰らないといけない様子で、帰ってしまったが、もう一人の若い警察官は私に付き合って残ってくれた。そして何度も主催者に電話してくれたが、何と言っても真夜中。当然応答がない。

 

絶望的な気分になり涙ぐみそうになると、自分がいるから大丈夫だからね、みたいな様子で言葉が通じないながらも励ましてくれる、本当に優しい警察官だった。

1時間以上辛抱強く電話をかけ続けてくれた結果、3時過ぎにようやく電話が通じて、すぐに駆けつけてくれることになった。

そして3時半に主催者が車で迎えに来てくれたので、警察官もやっとお家に帰ることができた。

 

ヒホンでの宿泊先は、いくつかの空いているアパートを数人でシェアするものだった。私がアパートに着いたのは明け方4時。主催者は男性なので「他の人はきっと寝ているから電気はつけないで、空いている部屋に寝てね」と言って入り口で帰ってしまったので、一人中に入ってどんな部屋かもよくわかなないままベッドになだれ込んだ。

 

翌朝起きると、スペイン人の女の子3人がいた。そのうちの一人は英語を話したが、残りの二人は前の晩の警察官と同じで一切話せない。しかしみんな本当に親切で心優しく、10日間の講習会期間中で仲良くなり、未だに交流は続いている。

 

 

そして楽しかった講習会の最終日、コンサートが開かれた。弾いた後に友人達と歓談していると、聴いていた人たちが感想を言いに来てくれたりと、とても感じの良いコンサートだった。

その中で一人、男性がバラの花を持って来てくれた。ものすごく親しみを込めた顔でニコニコしてくれているのだが、まるで面識もない。ずいぶん奇特な親切な方だなと思ったが、あちらも話しかけるでもなし、ニコニコしているだけ。こちらもサンキューで終わった。

 

その後で主催者と話していると、私の持っていたバラを見て、「ああ、彼と話した?」というので、「いや、知らない人なので。どなたなんでしょうね?」というと、呆れた顔をされ「君と一緒に駅で待ってくれた警察官だよ」と…

制服ではなかったし、帽子もかぶっていなかったので、まるっきり気がつかなかった…

私がコンサートに出るので、わざわざ彼に連絡して招待してくださったそうだ。元気に過ごしていたようでとても喜んでいたよと言われ、本当に自分の無神経さを恥じた。

 

とは言え、言葉も通じないのでやはりニコニコしてサンキューを繰り返す以外何もできなかったとは思うが。。。